意味ない妄想した日

娘の朝飯につきあいつつコーヒー。飯は今朝もなし。娘はちゃんともりもり完食。ランドセルの中身なども確認。雨なので折り畳みも一応イン。8時元気に登校。

仮眠するかとも思ったんだけど、やらないといかんことなんだか多数にてPCで作業したり、各所に連絡したり。いつまでこんな生活続くんでしょうかね。死ぬまでか。どこで選択肢を間違ったんでしょうか。間違いだらけだった記憶。

もしも、の生活は送れることはもちろんないんだけど、戻れるとしたらどこに戻るんかなぁ。選択肢としては、、、

  1. 中学受験時
  2. 高校進学時
  3. 浪人生時
  4. 某レコード会社所属時
  5. 最初の結婚時
  6. 各転職時
  7. 店開店時
  8. 二度目の結婚時

あたりか。細かい分岐は、そりゃ死ぬほどあるんだけど。一番人生が変わりそうなのは、やっぱり1か。ここで和光とかいかなければ、相当に人生変わってた。なんで、あんなに母のひとは和光いかせたがったんだろうか。まぁ俺がいっとけば弟には有利になるってのは聞かされてた。彼はハンデキャップ持ちなので、公立いくと苦労しそうだったのは俺も認識してたし。って、今では俺の三倍以上の年収稼ぐ一部上場企業の役付きだ。どこでこうなった!

せめて高校は外に出ればよかったですね、今思うと。あの学校は合うひとには合うだろうけれど、俺みたいな家庭環境、考え方の人間には、やっぱり合ってなかったと今では思う。潤沢に金あって、モラトリアムを好きに過ごしても、その後が保証されているような人種にはとても良いと思う。なんというか生きてる階層が違いましたね。

あとは各結婚時および離婚時かなぁ。一度目の時に我慢してれば、今でも静岡の片田舎で普通の暮らしだろうし。たぶん孫もすでに誕生してる気が。というか最初の結婚の時の長女、30越えてるから本当に孫できてるかもだな。

二度目の結婚というか、バンコク行きを選択せずに、あのまま店やってたらもうちょっとイージーな人生になってた気もする。大きく浮くことはないけれど、ここまで沈むこともなかったかな。コックさんのこともあるから、店はすでに閉めてるだろうけど、他の店するなりなんかしらできてた気がする(できるとはいってない)。人生いろいろ。

20260907_1

この写真はボロボロの状態でバンコク脱出した日のスワンナプーム空港ですね。コロナ真っ只中で、空港には本当にひとがいなかった。がらーん、て音が聞こえるぐらいに。ちょうど六年前なのか。しかしバンコク時代の日記に置いてる写真、好きなのが多いわぁ。内容は凄惨だけど。

妄想ばっかしてもなんの意味もないですよ。はい。日々を淡々と頑張るしか。ということで、しこしこと作業したり、外出して小銭稼ぎしたり。15時前に戻って、さすがになんか食わんとダメだとAIに怒られたのでTKG+納豆を摂取。なんとか食った。

ほどなく娘帰宅。宿題、課題、音読など。あとは、ちいかわ観てから、急激にちいかわ熱が再現したみたいで、アマプラでひたすらちいかわ観たり、考察したり、絵を描いたりしてた。彼女、自分のチャンネル用にショート作ってたんだけど、ちいかわ関連のことアップしたら再生数が多いらしい。やっぱり人気なのですね。

先に風呂はいりたいというので沸かす。娘がどぼん。その後はまったり。俺もいろいろとしつつ。バンコク方面に連絡しないといけないことが、ここんとこ実は増えているのでその対応とか。まぁ本当に面倒というか、困る感じ。でも、やっとかないとね。娘は現状、二重国籍なのでちゃんと分別つくときには適正な処理をしないといかん。

夕飯は娘はトンカツとかフライドポテトとか。ばーちゃん作ってくれるというのでお任せ。俺は食わんので、そのまま作業したり映画観たり。

食後は娘はアイス食いつつ学校の話とかしてくれたので聞いたり。21時すぎに娘就寝。俺は作業して、ちょっと過去のメモとか日記(私家版)確認したり。0時すぎには就寝。